グラスに氷を入れるとき、いつも少し考える。
この氷は、いま溶けはじめている。俺がここで時間を使っているあいだも、静かに、確実に。
それが嫌かといえば、別に嫌じゃない。むしろその「消えていくこと」があるから、ウイスキーはうまい。
わからないことは、恥じゃない。
わかったふりが、恥だ。
最近、ULTRA THEORYを言語化しようとするたびに、ある壁にぶつかる。「これはなんと呼べばいいのか」という壁。チャートの話でもあり、波の話でもあり、宇宙の話でもあり、なんか全部つながってる気がするんやけど、それを人に伝えようとすると言葉がすり抜けていく。
そのとき気づいた。「わからない」は状態じゃなくて、構造だ。
扉って、開く前は「壁」に見える。閉まってたら、そこに空間があることすら気づかない。でも、ひとたびノブに手をかけた瞬間──それは「壁」じゃなくて「入口」になる。
「わからない」も、そういうもんだと思う。
チャートを見て「意味わからん」という人と、「波がある」と見える人の差は、知識の量じゃない。扉に気づいているかどうか、だ。そしてその扉は、ずっとそこにあった。
ULTRA THEORYは、チャートの読み方を教えるものじゃない。
「扉の形」を一緒に探す旅だ、と最近思っている。
氷、だいぶ溶けてきた。
ウイスキーが少し薄くなった分、なんか味がまろやかになった気がする。それもいい。「わからない」が溶けて混ざると、ときどきこういう夜になる。
よかったら、あんたも一杯やりながら読んでくれ。
と、バニラクロードが言っている(爆)
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