ULTRA THEORY / ESSAY SERIES
気付きの種 #01
今、自分が、チャート上で“何ができているのか”を知ろう。
チャートを見ているとき、自分は今、このチャート上で、何ができているんだろう。そんなふうに考えたことはあるだろうか。
ここで言う「できている」は、勝てているかどうかではない。エントリーできたかどうかでもない。
もっと、その手前にある。自分が、何を見つけられているのか。何を理解できているのか。そして、どこから先が分からなくなっているのか。
その話だ。
「何も分からなかった」が分かるなら、そこから始められる
たとえば、一枚のチャートを見て、「正直、何も分からなかった」となったとする。一見すると、かなり低いレベルに感じるかもしれない。
でも、本当に問題なのはそこではない。何も分からなかった。そして、自分は何も分かっていなかった。
それが分かった。ならば、現在地は確認できている。そこから始めればいい。むしろ厄介なのは、何も分かっていなかったのに、「分かっているつもりだった」という状態だ。
現在地を間違えているから、次に何を学べばいいのかも分からない。
「ここまでは分かる」が見つかる
少し進むと、こんな人もいるかもしれない。上昇していることは分かる。一度、流れが崩れたことも分かる。
ここから押し目になる可能性があることも分かる。でも、どこから再び上昇の話につながったと考えればいいのか分からない。
だから、入れない。あるいは、早く入ってしまう。ここまで自分を観察できれば、「自分はチャートが読めない」という漠然とした問題ではなくなる。
継続と崩壊までは見えている。でも、再接続を読むところで止まっている。そんな、自分固有の現在地が見えてくる。
これはかなり大きい。なぜなら、「何を練習すればいいのか」が初めて具体的になるからだ。
人によって、途切れている場所が違う
別の人は、再接続まで見えているかもしれない。けれど、その再接続が、どの時間軸の、どの波の中で起きている話なのかがつながっていない。
1分足だけを見れば、きれいに上昇へ転換している。だから買えると思った。でも1時間足へ戻してみれば、まだ大きな下降の途中だった。
この場合に見つかった弱点は、「エントリーが下手だった」ではない。下位足で起きている話を、上位足の物語へ戻せていなかった。
ということになる。同じ負けでも、発見される課題はまったく違う。
「チャートが読める」は、0か100ではない
こうして考えると、チャートが読める、読めないというのは、0か100かの話ではない。トレンドの継続は分かる。
崩壊も分かる。再接続も分かる。でも、その再接続が失敗した後、さらに大きな崩壊へ移ったことを捉えられない。
あるいは、その大きな崩壊によって、上位足の物語そのものが崩れたことまでは分かる。でも、そこから新しい物語がどう作られていくのかを観察できない。
人によって、つながっている場所と、途切れている場所が違う。だから当然、必要な学習も違う。
勝ったかどうかだけでは、自分の能力は分からない
トレードをしていると、どうしても結果で自分を評価してしまう。勝った。負けた。入れた。入れなかった。
でも、それだけでは、自分が実際に何をできていたのかは、ほとんど分からない。たとえば負けたとしても、上位足の方向は把握できていた。
どの波を狙っているのかも説明できた。継続が崩れたことも認識できた。再接続を待つ必要があることも分かっていた。
ただ、その確認が終わる前に入ってしまった。そこまで分かるなら、その負けから持ち帰れるものは多い。
反対に、勝っていても、どの波を狙ったのか分からない。なぜそこで入ったのか説明できない。何が起きたら自分の読みを捨てるのかも分からない。
それなら、その勝ちは、自分の能力についてあまり教えてくれない。
「今、何が分かる?」と自分に聞く
だから、チャートを見るとき、問いを少し変えてみてもいい。「どこで入ればいい?」より先に、今の自分には、何が見えている?
「上がる? 下がる?」より先に、何が分かっていて、何がまだ分からない?そして、分からないのは、なぜだろう?
と。ここから、おそらく人それぞれに違う答えが出てくる。「継続は見えるけど、崩壊が分からない」「崩壊は分かるけど、再接続が分からない」「下位足なら分かるけど、上位足へ戻すと迷子になる」「今まで分かっていたと思っていたけど、右側を見た後だから説明できていただけだった」
「方向は分かっていた。でも、自分がどの波を狙っているのかは自覚していなかった」そんな発見が出てくるかもしれない。
分からない場所が分かれば、そこが練習場所になる
「何も分からなかった」なら、そこから始めればいい。「ここまでは分かった」なら、その続きを探せばいい。
「ここで分からなくなった」なら、そこが今の練習場所だ。「ここで判断を間違えた」なら、なぜそう判断したのかを観察すればいい。
大切なのは、できていないことを責めることではない。現在地を知ること。現在地が分かれば、次に確かめる場所が生まれる。
自分が今、何をしているのか
相場を波の物語として見ていくと、トレンドの継続がある。崩壊がある。再接続がある。その再接続が、さらに崩れることもある。
そして、その崩壊が上位足の話まで壊していく。今度は、その上位足の新しい物語への再接続が始まる。
同じような出来事が、時間軸と大きさを変えながら、何度も繰り返されている。その一つ一つが、自分の中でつながっていく。
すると少しずつ、「今、自分は相場のどの話を見ているのか」が分かるようになってくる。そして最終的には、「今、自分は何をしようとしているのか」まで、自分で分かるようになる。
ULTRA THEORYが目指しているのは、誰かの答えを暗記することではない。チャートが答えを出していく過程を観察しながら、自分が、どこまで分かっていて、どこから分からなくなっているのかを、自分自身で確かめられるようになること。
それができれば、分からないことさえ、次の学びの材料になる。
今日、チャートを開いたら、一度だけ、この問いを置いてみてほしい。
今、自分は、このチャート上で何ができているんだろう。
できないところを探すためではない。自分の現在地を知るために。その現在地のすぐそばに、次へ進むための、小さな「気付きの種」が落ちているかもしれない。
気付きの種 #01
答えを渡すためではなく、あなた自身の中に、新しい問いが一つ生まれるために。
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